“こえ”を届けるために運営する、花屋とギャラリーという新しい形

「ボイス(VOICE)」はギャラリーを併設する珍しい形態の花屋で、「ボタニカル(VOTANICALE)」という作品集も発行している。オーナーの香内斉(こうない・ひとし)さんは体育大学出身という異色の経歴を持つ。なぜ、ギャラリーを併設するという形態での運営形態にしたのだろうか。独立までの経緯と作品集の発行を決めた理由などについても話を聞いた。

仕入れがある日は午前2時に起床して市場へ向かう花屋の仕事は、想像以上にハードだ。学生時代に水泳で培った体力がここに生かされている幼少時代から、ずっと水泳に打ち込んできた香内さんはインストラクターを目指そうと思い、体育大学へ進学した。「入学すると、周りが当然ながらオリンピックレベルの人たちばかりだったんです。自分はそこでは戦えないなと、率直に感じました」と当時を振り返る。そして、将来何を仕事にしようかを模索し始めたという。

ちょうど目黒通りが“インテリアストリート”と呼ばれ始めた2000年代前半と重なり、家具や雑貨に自然と興味を持つようになった。大学卒業後1年間は専門学校に通い、インテリア事業部があったアパレル会社に就職。その後リーマンショックのあおりを受け、インテリア事業部の閉鎖が決まると同時に退社した。

その頃自宅の近くを歩いているときに、偶然「ファーヴァ」という花屋に出合った。「カフェと壁の隙間の通路のような場所で1人の男性がやっていたんです。当時から独特な世界観がある花屋で、すごく素敵だったのでお花に興味を持ち始めました。大きい仕事があるときでいいので手伝わせてくれませんかと話したのがきっかけで、まずは月1〜2回のペースで手伝うことになりました」。

店が軌道に乗ってきたため、広い場所を求めて現在の中目黒へ移転が決まる。と同時にオーナーから声をかけられ「ファーヴァ」に正式加入した。

実はオーナーは元美容師。だからこそ他の花屋とは違う部分もあった。「フローリストになるとアシスタントが1人つき、それぞれがお客さんを持つというスタイルでした。だから独立するときには、自分についているお客さんには案内していいよと言ってくださって。そんな風に独立を応援するような花屋はなかなかないと思います」。仕入れ市場にも同行し、経営面もみられたことで、自分の店を持つことへの覚悟が固まっていった。

オーナーの後押しもあり、16年の夏に独立を決め、17年1月「ボイス」をオープン。店名は、“こえを聴き、こえを届ける”というコンセプトからつけた。

店内のギャラリースペース。独立したギャラリースペースを併設している花屋は国内に他に例がない。遠方から同業者が足を運ぶこともあるそうだどのタイミングでギャラリーを併設することを決めたのだろうか。「外苑前の物件を内見した際にエアコンが2基ついているのを見て、部屋を分けようと思いつきました。そのときに、ギャラリーにしようと決めたんです」。インテリア業界に携わってきた経験や物件に巡り合えた運が奏功した。

ギャラリーで展示をお願いする人の条件は、まず自分が好きな作家であること。「気になっている作家さんの展示に足を運び、うちはギャラリーもやっているのでもしよろしければ見に来てください、とお声がけします。このスペースを気に入ってくださったら、じゃあやりましょうという流れですね。お店に来てくださることで、雰囲気を感じ取って作品に落とし込んでくださいます」。展示期間中は作家につくファンが足を運んでくれ、客層が広がる効果もある。作家から「ボイス」のファンになる人も、「ボイス」から作家のファンになる人もいて、香内さんはギャラリーを併設したことによる相乗効果を感じている。

18年8月に開催した野原圭太さんと小川優樹さんの写真展で、野原さんが用意した写真は「ボイス」で買った花や植物を撮影したものだった。まるでレントゲン写真のような手法で撮影された写真を見て、植物図鑑にまとめるアイデアを思いつく。「写真を展示するだけではなく、なにかしら形に残したいと思ったんです。アイデアを話してから、すぐにプロトタイプを作成しました」。半透明のトレーシングペーパーにプリントした写真は、重なることでブーケのようにも見える。生きている植物の神秘さを感じさせる写真は、従来の植物図鑑とは一線を画す。「ドライフラワーも枯れている美しさはありますが、生花と比べるとパワーはないように感じますね。生花は生きものなので、生命力やパワフルさが全然違うんです」。

ガラス張りの小部屋のようにしつらえた花のスペースは、1枚のフィルターを通すことで生き生きとした花が絵画的に見える効果があると思う。「この空間の入り口で立ち止まって、ずっと花を見つめる方も多いです。まるで入ってはいけない聖域のように感じてくださる方もいて、入っていいんですか?とも聞かれますね。花の美しさを感じてもらうのが狙いなので、その思いが届くことがうれしいです」。

花屋とギャラリースペースが独立した造りの内装、点在する家具、飾られているアート作品……どこをとっても香内さんの強いこだわりが感じられる。「来てくださるお客さんの声を僕がお花を使って代弁することと、生産者さんの声をエンドユーザーに届けるという役割も持ちたいですね。ギャラリーを併設したことでいろんな人たちの声が集まり、またここから発信する場所にしたいという思いもあります」。花屋、ギャラリー、アートブックの制作。幅広い活動の中で一貫しているのは、“こえ”を届けること。香内さんの強い意志とともに「ボイス」は進化し続けていく。

高山かおり:独断と偏見で選ぶ国内外のマニアックな雑誌に特化したオンラインストア、Magazine isn’t dead. 主宰。本業は、東京と甲府の2拠点で活動する編集アシスタント、ライター。北海道生まれ。北海道ドレスメーカー学院卒業後、セレクトショップのアクアガール(aquagirl)で販売員として勤務。在職中にルミネストシルバー賞を受賞。その後4歳からの雑誌好きが高じて都内書店へ転職し、6年間雑誌担当を務める。18年3月に退社し、現在に至る。

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